- 1 名前:八州美好 投稿日: 2005/01/04(火) 12:30 [ BE/VThLg ]
- ***避難スレ鉄の掟****
一、基本的にはPSOの話題の方向で 一、管理人が居るので余り無茶はしない方向で 一、板がなくなると困るので犯罪幇助は禁止な方向で 一、荒らしや煽りは全力でかまえ、放置は不可な方向で 一、質問する前に「レスを全部読む」で「Ctrl+F」
基本はsega進行(厳守) 次スレがたったらsage進行
前スレ【PSO非難から避難するスレ part31 -希薄な繋がり?-】 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/366/1095885941/
関連リンクとかは多分>>2-6あたり 次スレは>>950さんよろしくお願いします
次スレ立てる人は↓のテンプレ使ってみてもいいかもです(古すぎるけど) http://www.geocities.co.jp/Playtown-King/3536/in_PSO/test.html
- 708 名前:主任 投稿日: 2009/03/12(木) 07:55:23 [ cTG3wNC2 ]
- あぁ、久しぶりに覗いたらまだあったんですね・・・
もう7年も経ちますか・・・ なんかもう色々思い出して涙が出てしまいます・・・ 昔の書き込み見たり、リンク辿ってみたり・・・ 未だにネット上での人付き合いは下手なんですが・・・
今は私をPSO引退へと追いやったFF11をもうずっとやっています・・・ 最近やっとレベル75になったくらいのんびりでしたけど・・・ アルタナの神兵でのカンパニエがなかったら・・・ まだ60くらいでとまってたでしょうね・・・
寂しくなったらまたきます・・・ ここを残してくれた?J-skyさんに感謝しつつ・・・
それでは、また・・・
<<蛇足>> な〜んかこんな書き込みの仕方でしたよね?私・・・ 「・・・」も使ったりして・・・ あの時の名無しさんごめんなさい・・・
- 709 名前:主任 投稿日: 2009/03/12(木) 08:55:07 [ cTG3wNC2 ]
- あゆすの過去ログがまだ生きていたなんて吃驚・・・
ついでにこのスレだけでも読んでみました・・・ 八州美好さん、御結婚並びに御出産おめでとうございます・・・ >>533の名無しさん、覚えていてくれてありがとうございます・・・
でわ
<<蛇足>>
↑の締めの言葉間違ってましたね・・・ そんなこと誰も気付きませんが・・・
- 710 名前:お粗末くん 投稿日: 2009/05/06(水) 20:14:19 [ BYra/QR. ]
- たまに覗きに来ると懐かしい人の書き込みがあったり…、ニヤニヤしちゃうぜ。
どうもお久しぶりでぅ、お粗末くんです。 ここへ来るとあの頃の出来事がまるで昨日のことのように思い出されます。
…あぁ、SEGA(笑)の「ドリームキャスト」でインターネットしてたんだなぁ、 テレホーダイとかなついなぁ、こことかPSO公式BBSで論争してたなぁ、 あゆすを通して2chを知ったんだよなぁ、ほんっとおれ厨房だったよなぁっ…て。
今、私は関西を離れて東京で暮らしてます。自分の全てをぶつける事ができるいい仕事をしています。 ゲームはプライベートではたまにiPhoneで遊ぶ程度になっちゃいましたが、 今でもPSOとルミネスだけはまたやりたいと思っています。
- 711 名前:お粗末くん 投稿日: 2009/05/06(水) 20:30:00 [ BYra/QR. ]
-
―今だから告白できる私の……いや、「お粗末クン誕生」秘話として。
十年前、人間関係に疲れた私は高校を中退しました。母が学生時代に両親の借金が原因で高校を中退していたことや、家が飲食店を営んでいたこともあって、親と学校からの反対は少しの説得で済みました。小学校では人をいじめてしまい、中学ではいじめられてしまい、高校ではクラスの不良から目をつけられてしまい、地元にいた暴走族の知人を怒らせてしまった私は、家業を手伝いながら細々と日々を過ごすことにしました。自分のような人に迷惑をかける生き物はせみの幼虫だと、大人になってもすぐに死ぬんだと、そう思いながら生きることにしました。 高校を辞めてから二週間と経たず、ザクロのように真っ赤だった頬のニキビが跡形も無く消えました。嬉しかったです。小学生の頃から私を悩ませていたあの忌々しいニキビが治った、というより消えたのです。精神が人体に及ぼす効果の物凄さ、そして、やはり自分に学校は合わない環境だったんだと悟りました。あとは、しょぼしょぼと家業に従事しました。一日中皿を洗うので深さ1mmはあるんじゃないかというあかぎれがニキビと入れ替わるようにたくさん出来ました。毎週月曜日の定休日にローソンの牛丼を食べる事と、ゲームセンターへゲームをしに行くのが唯一の楽しみでした。この月曜日の一人パーティーは一年間ほど続きました。時が経つにつれ、少しずつ家族との関係が悪くなっていきました。私のうちは洋食のステーキハウスでした。以前は無能な父母の経営する店でも入り口さえ開けていれば高い料理が注文されていたみたいですが、バブルの崩壊と狂牛病が全てを変えてしまったようです。県内100以内の店に選ばれた事もある地元でも有名な店は、いつからかお客さんが全く来なかくなってしまったのです。駐車場には車が全く止まらないのでいつの間にか雑草でボーボーとなっていました。平日は閑古鳥、でも土日だけは毎週忙しかったです。しかし、手間と原価のかかる安価な料理では自転車操業で食っていくのが精一杯でした。いつからか私はお客さんのいない時はエプロンを着たまま二階の自室でテレビをみるようになりました。具体的な打開策はとらず、考えず、協力し合おうとせず、ただ仏壇に向かって経文を唱えることには真剣になり、ギャンブルのことは楽しそうに話す両親に嫌気が差したのです。両親は典型的な創価学会員でした。お客さん用の雑誌コーナーにSGIの雑誌や聖教新聞を並べる人でした。私は少しずつ、また人生そのものに苦しむようになりました。学生時代では人間関係が築けず、そして家族のいるこの場所でも上手くいかない。学生の頃は家に帰るまでが辛かった。学生を辞めて家業に従事している今では一日中、苦しくなってしまったのです。
- 712 名前:お粗末くん 投稿日: 2009/05/06(水) 20:33:25 [ BYra/QR. ]
- そんな渦中から私を救ってくれたのは友人達でした。私には小学生からの友人がいたのです。中学生の頃、私は性格の悪さの為にいじめられていて、その時ばかりは彼らも私から少しだけ距離を置きましたが、最後には分かり合う事ができたのです。今でも最高の友人達です。私はもう一度、人間関係をやり直してみようと思えてきました。そして決定的だったのがニュースリポーターの何気ない一言でした。山奥の村に住むヨボヨボのこけし職人の鮮やかな手つきをみて、リポーターは「まさに天職ですね」と言ったのを聞いた私は『そうか、天職とは人生を捧げる事ができる仕事のことなんだ』と閃いたのです。そして私は思い出しました。自分はテレビゲームをきっかけに立ち直る事ができたのだと。
中学生の頃、友人達と距離を感じるようになった事をきっかけに、自分がいじめられる原因を悟り知る事ができました。私は性格が悪い為に嫌われていたんです。正義感は強くすぐ問題にする、八つ当たりをする、告げ口をする、真面目にさせる、真面目にやらない…。ちびまる子ちゃんに登場するキャラクターに例えるなら、藤木君と永沢君と山田君と丸尾君とみぎわさんの特徴を全て併せ持った奴でした。勿論、空気の概念すら理解できていませんでした。超痛い子でした。勘の良い人はピンとくるかもしれませんので先に言っておきますが、発達障害が絡むのはもう少しあとの話です。
生まれて始めて嫌いになった人が「自分自身」だったのです。自分は嫌な奴という否定しようの無い事実を受けた気持ちの処理ができず、私は抜け殻のような心境になり、何もせず学校から帰ってきては、何も考えずにゲームに没頭する人間になりました。そんな生活がしばらく続いた頃、ある事に気がつきました。確かSFCの「風来のシレン」をプレイしていた時だったと記憶しています。使い方が分からないアイテムは、使えば分かります。倒せない敵は、敵以上に自分が強くなるか、アイテムを使って工夫する事で倒す事ができます。人生も同じでした、知識が欲しければ勉強、筋力が欲しければ運動…、ゲームに対する攻略の概念から、私は人生の歩み方を心得る事が出来たのです。楽しいも辛いも全て自分の発見と選択次第だということに気がついたのです。だから私はさらなる発見を求め、自分が失敗した答えを見つける為に、いじめられていても学校へ通うことが出来たのです。むしろいじめどころではありませんでした。ただ、そう思いながら学校へ通いだしてからいじめはピタリと止みました。余計なことをしなくなったせいでしょうね。この出来事を通して「考える」を知った私が最初にたどり着いた自分だけの、自分の体験から導き出した、誰からも教わっていない、自分の創った答えは、「どうやら自分は、健常者と障害児の中間のような存在らしい」という「推察」でした。中学生になっても時間割表を理解するのが困難だったことや、ペンの試し書きをするかのようなぐちゃぐちゃとした筆跡で黒板をノートに写していた自分を振り返り、まるで知的障害者だと感じたことが大きな要因でした。
- 713 名前:お粗末くん 投稿日: 2009/05/06(水) 20:40:38 [ BYra/QR. ]
- 過去の記憶に呼び覚まされた私は、真っ直ぐな気持ちになる事ができました。そして自分の天職を「ゲーム業界」と定めました。ゲームのことなら手を抜かない。私はなんとかしてその世界へ身を投じようと思いました。しかし、電車とバスの乗り方も知らなかった私は、手の探り方から知る必要がありました。そんなある日、何気なくゲームショップへ行ってみると、そこでピカピカと輝くゲームソフトを見つけました。パッケージには「ファンタシースターオンライン」と書いてありました。私はこのパッケージを手に取り、ハッと閃いたのです。学が無ければ料理も出来ない、私は特に社会で通用する能力が欲しいと思っていたところだった為か、オンラインゲームといえばインターネット、ネットといえばパソコン。パソコンといえば社会人の必須スキル、あと、ネットを通じて色々な知識に触れることが出来る。早い時は朝6時頃から、遅い時は夜11時頃まで、週に一度の休みを糧に家業に従事している私の生活事情にもぴったり。何より、私の偏った人格でもゲームの世界なら、そこで同じものに興味を持つ者同士ならコミュニケートしやすいはず。これしかないと考えた私は一万円になっていたドリキャス本体とPSOを購入し、パッケージの中に入っていたチラシを頼りに電話回線を導入し、インターネットと繋がりを持つ事ができました。これが、もうすぐ二十歳を迎えようとしている頃でした。
私は自分のキャラクターに、「何も知らないところから始まる」という意味をこめて「ZERO」と名づけました。いや、アウターゾーンネタなんですけどね。今でも良い名前だったと感じています。こうして、私は新たなる一歩を踏み出したのでした。母が家計の借金苦に悩まされ、私のクレジットカードに手をつけていた事を知るのは、もっと後の話になります。
PSOのゲームや掲示板を通して、私は、自分という人格(キャラクター)はインターネットの世界を介してでも忌み嫌われる存在だということをつくづく思い知りました。それでも私は、将来社会に出た時の為に自分がどれだけ普遍的から外れているのかをより詳しく理解する必要がありました。匿名の世界は本当に都合が良かったです。どれだけ相手を傷つけ、悲しませ、怒らせることになっても、リアルバレさえなければいいんです。何よりも、すぐに次の行動に移すことが容易でした。2chでワロタと言って貰えるまで書き込みを続けるかのように、とっかえひっかえ相手を変えては思うがままに振舞いました。好きなだけ人間関係の検証を重ねました。仲の良かったフレンドから絶好されて、手遅れになってから自分が悪かったということを何度も体験しながら、私は自分のどういうところがいけないのか、じゃあどうだったら問題ないのかを、そもそも人間関係と自分との関わり方を理解する為に、人との交流を求め続けていました。
そして、私は一つの掲示板と出会います。それがここ「激論板」でした。「チート品を作るには魔法陣を描いて黒魔術の儀式を行っているに違いない」と思っていた当時の私にとって、ここは悪の組織ハッカーのたまり場であるあの「2ch」と同じところのように見えました。でも、何か学ぶことがあるはずだという自分の直感を信じて、ここでのやり取りに参加することにしました。
私はとりあえず、ここに見合う汚い名前に変えることから始めました。
『自分は粗末な奴だ。だからHNは「お粗末くん」だ』
こうして、お粗末くんは誕生したのです。
おしまい
- 714 名前:お粗末くん 投稿日: 2009/05/06(水) 21:26:51 [ BYra/QR. ]
- あら、スレを読み直してたら。>>537でもネタ書いてますね。
家庭崩壊とか書いちゃってるけど…、いやあの時は確かに、まぁ(笑 今ではちゃんと連絡取り合ってます。―元気か、大丈夫か、そうか、頑張れよ。
私達の家族には、お互いを一人の人間同士として向き合う姿勢が足りなかったのだと、今では考えています。 少なくとも、今こうして離れて暮らしているこの距離が丁度いいんです。 顔を合わせるのは年に1〜2度しかないし、 電話越しでも昔のことで言い合いになることもあるけど、 どんなに口論したあとでも、心配をし合うことができます。
発達障害問題もちゃんと病院へいって解決しました。 WAIS-Rでは物凄い有意差を記録しましたよ(笑)診断結果は、ご想像にお任せ。 >>537の翌年、結局また人間関係でトラブっちゃって、ついに頭がパンクしちゃうんですよ。 絶望病の克服法は心得ていたので、なんとか立ち直って冷静になったあと、 次は取り返しのつかない事かもしれない、だから病院へ行こうって、医学を頼る事にしたんです。 スッキリしました。無事ふっきれることができました。
今では、次の世代と向き合うお仕事をしています。 このご時勢だからこんな風には言いにくいんですけどね。ちょっとした自慢です(^-^
>>537 頑張れ、昔の俺!
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